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 七月の朝、青梅線に揺られているとき、ふいに中島みゆきの「五才の頃」という歌が頭の中で響いてきた。これを初めて聴いたのは十七のころ、ざっと今から四十年以上も前のことだ。そのころ、生長の家に強烈に魅せられていた私は『聖道へ』という谷口雅春先生の論文集をノートに書き写しながら、思索と求道の仕方について学んでいた。そんなとき聴いていたのが中島みゆきやBeatlesの「Let It Be」など数枚のLPで、人生のこと、求道のこと、病気のこと、救われること、そんな観念で一杯だった頭に、曲の一つひとつが深く響き、それは共に歩みを進める同志のように、あるいは輪廻の向こう側から語りかける言葉のように、あと一歩踏み出す静かな勇気を届けてくれた。
教化部 · 2019/07/14
教区機関紙『多摩の光』 2019年8月号がアップされました。
白鳩会 · 2019/07/02
10/3「スマホ・タブレット教室」のご報告
白鳩会 · 2019/06/23
10/3「スマホ・タブレット教室」のご報告
白鳩会 · 2019/06/23
10/3「スマホ・タブレット教室」のご報告
 「授記」とは仏教の言葉で、仏が弟子に成仏の認可を授け〝悟り〟を予言することである。観世音菩薩には〝千の手〟があることは知られているが、その手の一つひとつに〝眼〟があることは知られていない。その眼は、人々を救済するために人のいのちを見通すための眼である。大慈大悲の仏にとって、すべての現象は〝お見通し〟である。これが天眼通であり、天耳通であり、神足通などの六神通である。私たちが神想観や愛行を通して仏の慈悲喜捨を生きるとき、この六神通が働くのである。それは特別な力ではなく、仏が衆生を救済する如意自在の働きであり宇宙に遍満するチカラである。
2019/06/12
教区機関紙『多摩の光』 2019年7月号がアップされました。
白鳩会 · 2019/05/31
10/3「スマホ・タブレット教室」のご報告
白鳩会 · 2019/05/28
10/3「スマホ・タブレット教室」のご報告
 平成から令和にかけてのこの時期、還暦を迎える他県の方を二人ほど個人指導させていただいた。還暦とは十干十二支が一巡して六十年を迎えることだが、彼らに通底していたのは人生の転換期を迎えていたことだ。生活に健康に行き詰まり、み教えに救いを求めて〝良い〟と云われることはあらかたやってみたが一向に解決せず、関心は新しい御代のことよりも焦眉の救いに向けられていた。

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