ブログカテゴリ:bucho



 七月の朝、青梅線に揺られているとき、ふいに中島みゆきの「五才の頃」という歌が頭の中で響いてきた。これを初めて聴いたのは十七のころ、ざっと今から四十年以上も前のことだ。そのころ、生長の家に強烈に魅せられていた私は『聖道へ』という谷口雅春先生の論文集をノートに書き写しながら、思索と求道の仕方について学んでいた。そんなとき聴いていたのが中島みゆきやBeatlesの「Let It Be」など数枚のLPで、人生のこと、求道のこと、病気のこと、救われること、そんな観念で一杯だった頭に、曲の一つひとつが深く響き、それは共に歩みを進める同志のように、あるいは輪廻の向こう側から語りかける言葉のように、あと一歩踏み出す静かな勇気を届けてくれた。
 「授記」とは仏教の言葉で、仏が弟子に成仏の認可を授け〝悟り〟を予言することである。観世音菩薩には〝千の手〟があることは知られているが、その手の一つひとつに〝眼〟があることは知られていない。その眼は、人々を救済するために人のいのちを見通すための眼である。大慈大悲の仏にとって、すべての現象は〝お見通し〟である。これが天眼通であり、天耳通であり、神足通などの六神通である。私たちが神想観や愛行を通して仏の慈悲喜捨を生きるとき、この六神通が働くのである。それは特別な力ではなく、仏が衆生を救済する如意自在の働きであり宇宙に遍満するチカラである。
 平成から令和にかけてのこの時期、還暦を迎える他県の方を二人ほど個人指導させていただいた。還暦とは十干十二支が一巡して六十年を迎えることだが、彼らに通底していたのは人生の転換期を迎えていたことだ。生活に健康に行き詰まり、み教えに救いを求めて〝良い〟と云われることはあらかたやってみたが一向に解決せず、関心は新しい御代のことよりも焦眉の救いに向けられていた。
 「令和」という新しい御代が始まる。「平成」がスタートしたのが、ついこの前のように感じている皆さんも多いかもしれない。それだけ私たちは〝今ここ〟を一所懸命に、黙々と生き抜いてきたのだ。生長の家にとって新しい御代の訪れは、神と自然と人間が大調和した世界が花開くときである。それは〝新しい文明〟の幕開けであり、あなたがこの世に生まれたご使命が、いよいよ成就するときである。
 これは道元の『正法眼蔵』に出てくる話だが、ある僧が「古仏心とはなんですか?」と大師に尋ねると、「世界崩壊だ!」と答えたことが紹介されている。崩壊する世界とは、この世のことである。静かに見つめれば、この世に崩壊しないものなど一つもないのである。それは現象世界の相である。私たちの身体も新陳代謝を繰り返しながら絶えず崩壊しているのであり、もしこれを止めれば生命の営みは終わるのである。それは私たちの信仰においても、精神においても、人や物や事との交流においても同じであり、それは生命の自然な姿である。世界崩壊の背後には、生み出してやまぬものがあり、それが道元が説く「古仏心」である。
 極寒から水温むまでの気候の変化が見舞うこの時期、各地では起源も分からぬ古来からの行事がいとなまれるが「節分」などはその代表的なものである。追儺(ついな)や「鬼遣(おにや)らい」として源氏物語にも描かれたことから、この行事は世界中の読者の知ることとなった。追儺とは〝難を追い払う〟ということだが、「難儀は節や、節から芽が出る」と天理教祖は説き、「至道無難(しいどうぶなん)、唯嫌揀択(ゆいけんけんじゃく)」と仏教では云い、難と見える悪現象本来無し、顧みて「天地一切のものと和解せよ」と、生長の家は大調和への道を示している
 生長の家の教えに導かれた日々を振り返ってみれば、私たちは諸先達から日時計主義のご指導を頂いてきたお陰で、道を開かれたことに思い当たるのである。日時計主義について、『生命の實相』には「『生長の家』では出来るだけ、輝く喜びの時刻だけを記憶し、語り、想い出す。喜びに言語の再現力、言葉の創造力を応用するのである」と教えていただいている。これは『生長の家』誌創刊号より一貫して変わらぬ生長の家の生き方であり、そこに、人生万般のことに応用できる〝救いの秘訣〟が示されている。
 「神に感謝しても父母に感謝し得ない者は神の心にかなわぬ」とみ教えは説いている。天地の愛が、仏の大慈悲が、父母となって顕れていればこそ、あなたはこの世に生まれてきたのである。あなたが今ここに確実に存在していること、そのことが、まぎれもない神の愛が、父母となって確かに存在していたことを、証ししているのである。
 年末が近づくにつれて、まるで潮が満ちてくるように「時」が豊かな色彩を放ち、その密度を増してくる。道元は「有時」の巻で、「時」とは「有時(実在)」であると説いている。時は生きているのだ。時そのものが、仏性であり神のいのちである。だから、私たちは時とともに生長し、時とともに癒やされ、時とともに物事が成就するのを見るのである。
 過日、機会あって樹木希林さんが主役を務める「あん」(2015年 監督・河瀬直美)という映画を家内と観賞した。あんとは、あんこのアンのことで、樹木さん演じるあんこ作りの名人は、小豆(あずき)を煮るたびに、豆たちが旅してきた月日の物語に耳を傾け、季節の風が運ぶメッセージを聴き、人々が隠し持った心の痛みに、そっと寄り添っていた。

さらに表示する