信仰随想 「多摩川のほとりにて」(久都間 繁 教化部長)

 新型コロナウィルスの蔓延によって、三月に開催される予定だった生長の家講習会をはじめ、すべての行事が取りやめとなった。残念ながら、お別れの講話や送別会もできないまま、皆さんとさよならをしなければならない。この紙面を借りてご挨拶とさせていただこうと思う。
 四月から埼玉教区と群馬教区への赴任が決まった。当コラムも連載して早四年、私もこの三月で還暦である。
 谷口清超先生が著した『「正法眼蔵」を読む』(行仏威儀の巻)の一節に、「三世の諸仏が火炎裏で法を説く」という言葉がある。諸仏がどのように法を説かれるのかと読み進めてみると、どうやら過去・現在・未来に亘り、しかも森羅万象となって法を説いているのだ。私はこの言葉に出合ったとき、潜在意識のどん底まで仏の光に照らされて、救われた想いがした。
 ある日の祈りの中で、我が子の本当の姿を観ていなかったことに気がついた。拝んでいるつもりで、現象生命の一側面しか観ていなかったのである。善一元、光明一元と教えていただいているにも関わらず、その光を限定して、彼こそが、その〝光源〟であることを忘れていたのだ。
 私たちは実にさまざまな「道具」に囲まれて生活している。私もこの原稿を書くに当たってノートやペンやパソコンなどの道具の世話になっているのであるが、この道具について『日本語大辞典』には「物を作ったり仕事をはかどらせるために用いる種々の用具。また、日常使う身の回りの品々」と書かれている。道具の一つひとつには、実は人類の知恵と経験とアイディアとが、長い時間を掛けて結晶化しているのだ。
 十月上旬のこと、講師会のブロック指導講師の皆さんにお集まりいただき、教化部で懇談会を開催させていただいた。話題の一つとして挙がったのは、生長の家のみ教えを〝新しい人〟や後生に伝えるためには、「皆が憧れるような、魅力ある講師を育成する必要がある。どうすればそのような講師が養成できるか」ということだった。そのことを考えているとき、私が青年会をしていたときに見た、ある光景が脳裏に蘇ってきた。
 教育フォーラムで『凡庸の唄』について語り合っているとき、『生命の實相』自伝篇下(一四三頁)にある谷口雅春先生の詩「野の百合の生きる道」と同じ〝想い〟が、そこに流れていることを感じた。八月の三多摩練成会二日目の晩、御年八十四歳になる鶴田智昭講師を囲んで講話と信仰座談会が行われたが、同講師が語る信仰体験を聴いているときも、同じものが現れているのを感じさせていただいた。
 読書は時間・空間を超えて、古人の魂や人類の叡智と繋がるための扉である。私たちは、真理の探求や意識の拡大を求めて、より深い世界の扉を開こうとするのであるが、それは「意識」が時空を超えて〝繋がっている〟からである。だから誰もが、千年の時を隔てた万葉の歌人たちと心を通わせることが可能であり、二千年前の聖者のコトバに耳を傾け、三千年前の哲学者や仏陀が説いた論理が、時を越えて現代の暗を照らすことができるのである。
 七月の朝、青梅線に揺られているとき、ふいに中島みゆきの「五才の頃」という歌が頭の中で響いてきた。これを初めて聴いたのは十七のころ、ざっと今から四十年以上も前のことだ。そのころ、生長の家に強烈に魅せられていた私は『聖道へ』という谷口雅春先生の論文集をノートに書き写しながら、思索と求道の仕方について学んでいた。そんなとき聴いていたのが中島みゆきやBeatlesの「Let It Be」など数枚のLPで、人生のこと、求道のこと、病気のこと、救われること、そんな観念で一杯だった頭に、曲の一つひとつが深く響き、それは共に歩みを進める同志のように、あるいは輪廻の向こう側から語りかける言葉のように、あと一歩踏み出す静かな勇気を届けてくれた。
 「授記」とは仏教の言葉で、仏が弟子に成仏の認可を授け〝悟り〟を予言することである。観世音菩薩には〝千の手〟があることは知られているが、その手の一つひとつに〝眼〟があることは知られていない。その眼は、人々を救済するために人のいのちを見通すための眼である。大慈大悲の仏にとって、すべての現象は〝お見通し〟である。これが天眼通であり、天耳通であり、神足通などの六神通である。私たちが神想観や愛行を通して仏の慈悲喜捨を生きるとき、この六神通が働くのである。それは特別な力ではなく、仏が衆生を救済する如意自在の働きであり宇宙に遍満するチカラである。

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