信仰随想 「多摩川のほとりにて」(久都間 繁 教化部長)

 私たちは実にさまざまな「道具」に囲まれて生活している。私もこの原稿を書くに当たってノートやペンやパソコンなどの道具の世話になっているのであるが、この道具について『日本語大辞典』には「物を作ったり仕事をはかどらせるために用いる種々の用具。また、日常使う身の回りの品々」と書かれている。道具の一つひとつには、実は人類の知恵と経験とアイディアとが、長い時間を掛けて結晶化しているのだ。
 十月上旬のこと、講師会のブロック指導講師の皆さんにお集まりいただき、教化部で懇談会を開催させていただいた。話題の一つとして挙がったのは、生長の家のみ教えを〝新しい人〟や後生に伝えるためには、「皆が憧れるような、魅力ある講師を育成する必要がある。どうすればそのような講師が養成できるか」ということだった。そのことを考えているとき、私が青年会をしていたときに見た、ある光景が脳裏に蘇ってきた。
 教育フォーラムで『凡庸の唄』について語り合っているとき、『生命の實相』自伝篇下(一四三頁)にある谷口雅春先生の詩「野の百合の生きる道」と同じ〝想い〟が、そこに流れていることを感じた。八月の三多摩練成会二日目の晩、御年八十四歳になる鶴田智昭講師を囲んで講話と信仰座談会が行われたが、同講師が語る信仰体験を聴いているときも、同じものが現れているのを感じさせていただいた。
 読書は時間・空間を超えて、古人の魂や人類の叡智と繋がるための扉である。私たちは、真理の探求や意識の拡大を求めて、より深い世界の扉を開こうとするのであるが、それは「意識」が時空を超えて〝繋がっている〟からである。だから誰もが、千年の時を隔てた万葉の歌人たちと心を通わせることが可能であり、二千年前の聖者のコトバに耳を傾け、三千年前の哲学者や仏陀が説いた論理が、時を越えて現代の暗を照らすことができるのである。
 七月の朝、青梅線に揺られているとき、ふいに中島みゆきの「五才の頃」という歌が頭の中で響いてきた。これを初めて聴いたのは十七のころ、ざっと今から四十年以上も前のことだ。そのころ、生長の家に強烈に魅せられていた私は『聖道へ』という谷口雅春先生の論文集をノートに書き写しながら、思索と求道の仕方について学んでいた。そんなとき聴いていたのが中島みゆきやBeatlesの「Let It Be」など数枚のLPで、人生のこと、求道のこと、病気のこと、救われること、そんな観念で一杯だった頭に、曲の一つひとつが深く響き、それは共に歩みを進める同志のように、あるいは輪廻の向こう側から語りかける言葉のように、あと一歩踏み出す静かな勇気を届けてくれた。
 「授記」とは仏教の言葉で、仏が弟子に成仏の認可を授け〝悟り〟を予言することである。観世音菩薩には〝千の手〟があることは知られているが、その手の一つひとつに〝眼〟があることは知られていない。その眼は、人々を救済するために人のいのちを見通すための眼である。大慈大悲の仏にとって、すべての現象は〝お見通し〟である。これが天眼通であり、天耳通であり、神足通などの六神通である。私たちが神想観や愛行を通して仏の慈悲喜捨を生きるとき、この六神通が働くのである。それは特別な力ではなく、仏が衆生を救済する如意自在の働きであり宇宙に遍満するチカラである。
 平成から令和にかけてのこの時期、還暦を迎える他県の方を二人ほど個人指導させていただいた。還暦とは十干十二支が一巡して六十年を迎えることだが、彼らに通底していたのは人生の転換期を迎えていたことだ。生活に健康に行き詰まり、み教えに救いを求めて〝良い〟と云われることはあらかたやってみたが一向に解決せず、関心は新しい御代のことよりも焦眉の救いに向けられていた。
 「令和」という新しい御代が始まる。「平成」がスタートしたのが、ついこの前のように感じている皆さんも多いかもしれない。それだけ私たちは〝今ここ〟を一所懸命に、黙々と生き抜いてきたのだ。生長の家にとって新しい御代の訪れは、神と自然と人間が大調和した世界が花開くときである。それは〝新しい文明〟の幕開けであり、あなたがこの世に生まれたご使命が、いよいよ成就するときである。
 これは道元の『正法眼蔵』に出てくる話だが、ある僧が「古仏心とはなんですか?」と大師に尋ねると、「世界崩壊だ!」と答えたことが紹介されている。崩壊する世界とは、この世のことである。静かに見つめれば、この世に崩壊しないものなど一つもないのである。それは現象世界の相である。私たちの身体も新陳代謝を繰り返しながら絶えず崩壊しているのであり、もしこれを止めれば生命の営みは終わるのである。それは私たちの信仰においても、精神においても、人や物や事との交流においても同じであり、それは生命の自然な姿である。世界崩壊の背後には、生み出してやまぬものがあり、それが道元が説く「古仏心」である。
 極寒から水温むまでの気候の変化が見舞うこの時期、各地では起源も分からぬ古来からの行事がいとなまれるが「節分」などはその代表的なものである。追儺(ついな)や「鬼遣(おにや)らい」として源氏物語にも描かれたことから、この行事は世界中の読者の知ることとなった。追儺とは〝難を追い払う〟ということだが、「難儀は節や、節から芽が出る」と天理教祖は説き、「至道無難(しいどうぶなん)、唯嫌揀択(ゆいけんけんじゃく)」と仏教では云い、難と見える悪現象本来無し、顧みて「天地一切のものと和解せよ」と、生長の家は大調和への道を示している

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