「 野の百合のように」久都間教化部長の信仰随想


教化部長 久都間 繁

 

 教育フォーラムで『凡庸の唄』について語り合っているとき、『生命の實相』自伝篇下(一四三頁)にある谷口雅春先生の詩「野の百合の生きる道」と同じ〝想い〟が、そこに流れていることを感じた。八月の三多摩練成会二日目の晩、御年八十四歳になる鶴田智昭講師を囲んで講話と信仰座談会が行われたが、同講師が語る信仰体験を聴いているときも、同じものが現れているのを感じさせていただいた。

 

 鶴田講師は高校生のとき、眼の検診で重度のトラホームと診断され、「放っておくと失明する」と眼科医から宣告されたという。貧しい中で、高校まで通わせてくれていた両親にこれ以上の負担は掛けられず、生長の家で「背水の陣を敷け」と教えていただいていたことを思い出し〝み教えで病気を治そう!〟と決心した。以来学業の傍ら『生命の實相』を一所懸命に拝読したが、病状は一進一退を繰り返していたそうである。

 

 そんなある日、編集長をしていた学校新聞の締切日に、掲載する予定だった原稿が届かないというハプニングが起こった。鶴田青年は、そのころ熱心に読んでいた聖典の影響から〝軽い気持ち〟で穴埋めの記事、「『生命の實相』を読んでトラホームが治った!」という夢とも理想ともつかぬ体験を大急ぎで書いて、印刷所に渡してしまった。

 

 数日経った発行日の朝、冷静に考えてみると〝なんて取り返しのつかないことをしてしまったんだろう〟と、恥ずかしさと後悔の念が込み上げてきた。学校に行けないまま家でぶらぶらしていると、母親から、「今日は村の一斉検診があるから行っておいで」と声を掛けられた。仕方なく会場に出向き、順番待ちの椅子に腰掛けた。前の人の診察中も眼病特有の自覚症状があり、一向に改善していないことは明らかだった。が、自分の番が来て、眼科医の前に座ってみると、症状は消えていて、医師から「異常なし」と告げられたという。歓喜が止めどなくあふれてきて、その後どうやって家に帰り着いたのか全く記憶になく、このことが信仰の原点にあると語っておられた。

 

 鶴田講師は神癒のカギとして、次の言葉を伝えていた。「無限の宝庫をひらく鍵は言葉の力。神想観を通して感謝と明るい心で鍵を回す」「心一転すれば、世界が一新する」「神想観は、物質的自覚から霊的自覚に入る行」「御業は神が為し給う」「神への無条件降伏は、無条件幸福である」等、同講師の語る言葉は頭で覚えた観念などではなく、ご自身が歩いてきた道そのものなのである。

 

 本ものの信仰者たちに共通していることは、生長の家のみ教えとご自身の生活が一枚になっていることだ。語ること、行うことに矛盾や対立がなく、与えられた環境の中で精一杯、人間・神の子を生きておられる。つまり生活のどこを切っても生長の家であり、どこを切っても慈悲喜捨とエシカルな生き方が出てくるのだ。そんな野の百合のような信仰者に出会うとき、いつもみ教えの根底に流れている思想のことを想うのである。