「夏の終わり」久都間教化部長の信仰随想


教化部長 久都間 繁

 

 

 ラジオを聴いていたら森山直太朗の「夏の終わり」という歌が流れてきた。たまたま傍らにいた娘が、この歌は、戦死した親しい人に捧げられた挽歌であると話してくれた。切々とした歌声の背後には、一つの時代を生きた人々の物語がひそんでいたのかと得心したのであるが、たとえば次のような一節がある。「夏の終わり 夏の終わりには ただ貴方に会いたくなるの いつかと同じ風吹き抜けるから――」。

 

 「いつかと同じ風」とは、生きてともに語り、ともに過ごし、ともに暮らした日々のことである。それが夏の終わりになると繰り返し想い出される、というのだ。人生には〝もしも〟はない、と云われているが、理不尽ともいえる身近な人の死を体験した者には、その〝理不尽さ〟を人生の必然へと変えるために多くの時を要する、ということなのだろう。

 

 私たちの来し方も同様で、なぜあんな不条理な経験をしなければならなかったのか、なぜ山積する難題を担うことになったのか等々、皆さんは、そんな重荷に押し潰されそうになったことはないだろうか。現象世界は、見ようによっては矛盾が集積し、過去生のすべての付けを支払う場のようでもある。だからこそ私たちは、永遠なるもの、大調和なるもの、真実なるものを求め、ついに生長の家へと辿り着いたのである。いずれにしても真の解を見出すためには、自己の本質である神性・仏性を探求し、それを見出すほかに道はない。この道のりには早道も、抜け道も裏道もないことを知ったところから一切者としての真の求道が始まる。

 

 夏の終わりには、ツクツクボウシが啼き、盛大な季節の終焉を告げる。これも一つの挽歌である。盛りを終えることは、次なる使命への移行のときでもある。そこでは、これまでの価値観とも、歩み方とも異なる生き方が求められることだろう。戸惑いも、呆然と立ち尽くすこともあるかもしれないが、それらのすべてが、大切な学びのときであり、その舞台に心の眼が慣れるにしたがって、より偉大な、より荘厳な、新たな使命が、次第に明らかになるだろう。

 

 さて、夏季練成会には23人の子どもたちが参加した。青少年時代は、いわば人生の揺籃(ようらん)期である。それは大いなる旅立ちへの準備の時であり、夢の翼を培うときでもある。その時期に吾々がしてあげられることは、彼らに何かを押しつけることではなく、彼等の夢の伴走者となって人生の一時期をともに全力で駆け抜けることではないだろうか。〝駆ける〟とは、夢に向かって櫂(オール)を漕ぎ続けることである。手放していた夢も、忘れ果てていた夢も、オールを手にすれば必ず脳裏に蘇り、私たちの人生を理想へと駆り立てる。なぜなら夢は、宇宙大生命の理念が、人類光明化という櫂を手にした者に、人生の真の目的について語り始めることだからである。なればこそ、大聖師は宣うのである。「若きと老いたるとを問わず、兄弟よ、夢を描け」と。夏の終わりは、豊かな実りと、彩りの季節の始まりでもあるのだ。