「PBS活動は次世代への愛行」(No.24)


教化部長 久都間 繁

 

 講習会は教区の運動にとって大きな節目となる行事である。これを通して、新たな〝動き〟があるのは自然なことでもある。去る者を追わず来る者を拒まずという諺(ことわざ)があるが、生長の家では、去る者も神の子、来る者も神の子として拝むのである。その法爾自然(ほうにじねん)の〝動き〟の中から次の運動が形成されていく。

 いよいよプロジェクト型組織(PBS)の活動をスタートする。それは、これまでの〝旧(ふる)い文明〟(業の流転の世界)から、〝新しい文明〟(「神の子の本性」を表現する世界)へと乗り換えることであり、これを実施することの目的は、次世代の人たちへの愛行である。私たち一人ひとりが、人間・神の子のよろこびの灯を掲げて、神・自然・人間が調和した〝新しい文明〟へと世界を転換させていく活動、それがPBSである。

 

 菩薩行とは、仏への中心帰一つまり不惜身命(ふしゃくしんみょう)であり、神への中心帰一すなわち大御心を生きることである。不惜身命とは、「仏道を修めるためには、あえてみずからの身命をもかえりみないこと」と『日本国語大辞典』にはある。このような信仰姿勢にこそ神の子・仏の子としての喜びがあり、そこに無の門関が、無限供給の扉が、真理への道が開ける。つまり菩薩行の実践とは、究極の〝個人救済〟なのである。

 

 「己れ未だ度(わた)らざる前に、一切衆生を度さんと発願修行するもの」と『聖使命菩薩讃偈』には説かれている。飢餓(きが)や紛争で苦しむ人々や自然界の絶滅していく生き物たちなど〝いと小さき者〟の声に耳を傾けることなく、人間中心、経済至上の狭い範囲の幸福に終始して慈悲を発揮できなければ、生長の家のみ教えの真価が分からないし、神の子としての使命を果たすことができない。つまり、菩薩としての〝聖なる喜び〟をお伝えしなければ、生長の家を伝えたことにはならず、この〝真理の灯〟に触れなければ、いつか生長の家をはなれるときがくるのである。

 

 生長の家が説く「実相」を曖昧(あいまい)にしていたのでは、中心帰一の対象を見いだせないまま、あらぬ方向にニセモノの中心を観て、それに依存するようになる。そこは自性円満から遙(はる)か離れた慣習(業)の世界への退行となる。『生命の実相』自伝篇にある「今起て!」とは、実相なる中心すなわち〝聖〟なる神の子が起つことにほかならない。信仰が、自我を中心としたものに止(とど)まっていたとしたら、それでは信仰の喜びは生まれようもないのだ。私たちは、次世代の人々を、周到な老婆心をもって導くこと。それが菩薩としての道であり、今生の使命である。

 

 3月31日、相・白・青合同で「拡がれ! 新しい文明~PBSがひらく喜びの世界~」と題してプロジェクト型組織についての研修会を開催する予定だ。〝新しい文明〟をひらくPBSとはどんな活動なのか、何をすればいいのか、自分には何ができるのか、ということをゼロから学ぶ最良の機会となるだろう。〝聖〟なる使命を生きる、一跳躍入(いっちょうやくにゅう)のときである。