「“新しい文明”について」(No.23)


教化部長 久都間 繁

 

 生長の家が実現しようとしている〝新しい文明〟とは何か。それは、「自然の繁栄が人間の繁栄と幸福であるような生き方であり、そんな生き方を支え、拡大する力となる信仰や哲学、科学技術、経済、政治の全体をいいます」と総裁先生が「新年のご挨拶」でお説きくださった〝遠大なビジョン〟のことである。私たちの時代は、その神意が世界史に〝新しい文明〟として展開する草創期(そうそうき)に当たっている。(後世の史家はこれを〝生長の家文明〟と呼ぶかもしれない)この時代に私たちが生きているのは偶然ではなく、神から一人ひとりに托された使命があるのだ。それを精一杯、惜しみなく生きることによってのみ〝新し文明〟の基礎を築くことができるのである。

 

 「人間神の子、久遠生き通し」の真理は、輪廻転生するかに見える時間の長さをもって「生き通し」というのではない。ここをハッキリしておかなければ、人間神の子の自覚も、唯神実相の教えも、神の子無限力も、ただの目標かスローガンで終わるだろう。谷口雅春先生がご著書に「人間死んでも死なぬ」というタイトルをつけられたのは、現象的な存続時間の長短を語っているのではなく、時間・空間を超越した「久遠の実在」が今ここに存在している、それが人間だ! ということを伝えているのである。〝新しい文明〟の基礎となるのは、この「人間神の子」の自覚と実践にほかならない。だから肉食を忌避(きひ)してオーガニックな食材を選択する。化石燃料から自然エネルギーに転換する。クラフトを通して物に新価値を吹き込む、これら〝神の子に相応(ふさわ)しい生き方〟を実践するのだ。

 

 道元は正法眼蔵で、「風火未散(ふうかみさん)はほとけ法をとく」(仏性の巻)と説いている。私たちがこの世に存在しているのは、肉体がそこに在るのではなく、紛れもない仏性が顕現して法を説いているのだ。それは人間だけでなく、この世に存在する天地の万物、即ち動物や鉱物も仏性の鳴り響く相(すがた)であり、これを道元は「一切衆生悉有(しつう)は仏性である」と説いた。それは、私たちが存在していること、そのこと自体が純粋無垢(むく)な仏のいのちであり、仏性と〝私〟と寸分の隙間もない、ということである。

 

 久遠の実在が〝私〟となって顕れているのだ。人間のみならず、すべての生きとし生けるもの在りとしあらゆるものが仏性の顕現であるならば、私たちは生命を出せば出すほど、愛を与えれば与えるほど、それは天地を荘厳する光明となり、家族の健康となり、無限の智慧や供給となり、大調和の世界となって現成(げんじょう)するのだ。その具体的な実践が、総裁先生がご提唱されるプロジェクト型組織(PBS)の活動である。即ち①SNIオーガニック菜園部 ②SNI自転車部 ③SNIクラフト倶楽部である。講習会も大盛会となり、いよいよ教えを実践する時が来たのである。神の子の生き方は、先ずできることを実践することから始まる。次のアイディアが、新たなビジョンが、〝新しい文明〟が、あなたの一挙手一投足から、目眩(めくるめ)くように開けてくるのだ。