「光りあふれる日々を」(No.2)


教化部長 久都間 繁

 

 不思議なご縁だが、私は宇治と本部で神癒祈願に携わったことがある。振り返れば子供の頃からアレルギー体質で〝薬漬け〟の生活をしていた私が、生長の家にふれて人生に光明を見出したのみならず、薬の要らない世界に入るなどとは夢にも思っていないことだった。これも「自性円満」を説くみ教えのおかげであり、三正行あればこそと思う。

 

 教化部長としての私のお役目の一つは、教区の皆さんに「神癒(メタフィジカル・ヒーリング)」を体感して「健康境遇性格の改善等をおのずから成就」していただくこと。そして、皆さまお一人おひとりが神意に導かれてご家族やご縁ある方を人生の随所で助け、真理の道へと導く力を養成していただくことにあると思っている。

 

 その一つの取り組みとして、教区で祝福祈願の手帳を作る予定だ。これは実相を顕現する〝神癒〟の実践で、講習会の推進を通してご縁ある人々の実相を祝福することで、人生万般の問題を解決する力が養成されると同時に、住む世界が光あふれるものへと一変することだろう。

 

 祝福とは、実相を観ることにほかならない。実相を観れば「神の子」が現れるのは「三界唯心」の法則の示す通りである。実相を観なくても、はじめから神の子は誰にも内在しているが、観なければ現れない。それが心の法則である。天地一切のものに感謝するとは、天地のすべてのものに鳴り響いている神(仏)を拝み感謝させていただくことだ。拝むことで大調和の世界が天地に満ちてくるのである。だから祝福手帳には、思いつく限りの人の名前を書いていただきたい。私たちはただただ光明の天地と彼の実相を祝福するのだ。声を掛ける機会は必ず神が導くから、それにしたがって一声掛けて〝神縁〟を結ばせていただくのである。参加するしないは、彼の〝内なる神〟が決めることだから、誰にも遠慮することなく実践してほしい。

 

 さて、「祝福」の二文字にはそれぞれ示偏が含まれているが、これが示しているのは実相世界である。生長の家では、一切の善き「願い」は実相から出て来たのだと教えられている。つまり私たちの「願い」は、実相世界で、すでに成就していればこそ、後から出て来るのである。

 

 祝福の名簿に、脳裏にヒラメイた人の名前を次々と書いて日々祝福するだけで、彼らに内在する神の子・仏の子が鳴り響いてくる。皆さんと一緒に祝福するために、教化部の実相額の前にも、別紙の祝福名簿を置いて私も毎日祈念させていただく予定である。これを通して講習会が〝神癒〟の展開となり、皆さまの心願がことごとく成就する光あふれる日々の来ることが楽しみである。