2012年5月19日(土) 22:39 JST

大震災と私達の使命(6月)

東京第二教化部長 各務 洋行

 去る4月28日(木曜日)、教化部に於いて「東日本大震災・被災者慰霊49日法要」33巻連続聖経読誦行が講師会主催で行われました。1時間に3巻ずつ、朝8時から夜の7時まで11時間連続読誦しての33巻です。3〜4日前の急な企画にも関わらず72名の方がご参加下さいました。この日は全国のお寺等でもこの「法要」が行われましたが、生長の家の万教帰一の聖経が終日、御霊様に届けられましたことは全国にない意義深い事と思います。参加者からは「聖経を誦げている時、亡くなられた方が喜んでいるように感じました」との声があがりましたが、きっと御霊様達は聖経を受けられ高き霊界に旅立たれたものと思います。また4月10日には「東日本大震災・被災者慰霊と復興祈願」一日見真会が行われ179名もの方がご参加下さいました。併せて心より感謝申し上げます。

 さて、今回の大震災を受けまして、私は「今後どのような姿勢で光明化運動をすべきか」を考えてみました。そもそも生長の家は、昭和4年12月13日に谷口雅春先生に「今起て!」の啓示が天降り人類光明化運動として出発しましたが、谷口先生はその数年前までは大本教をやめて著述家としての道を歩んでおられたのでした。ところがその道を絶たれる事象が起こりました。それが「関東大震災」だったのです。家を焼かれ、収入の道も断たれ、臨月のお腹を抱えた輝子先生と、このまま東京にとどまることは不可能となりました。そこで輝子先生の郷里・高岡(富山県)へ行かれて一ヶ月後に恵美子先生が誕生なさるのです。そしてその二ヶ月後に谷口先生の養父母の家(神戸市夢野)に移られ、その後は住吉村の「藤棚の家」に住まわれることになりました。そこで先生は、本住吉神社に毎朝参拝し、住吉大神から神啓を受けられて生長の家が始まったのです。(生長の家50年史192頁〜要約) 先生は、二回泥棒に入られ現象的には厳しい状況だったのですが、力強く次のように「人類光明化運動発信の宣言」をされました。

 「自分はいま生長の火をかざして人類の前に起つ。起たざるを得なくなったのである。(中略)此の火は天上から天降った生長の火である。火だ! 自分に触れよ。自分は必ず触れる者に火を点ずる。生長の火を彼に移す。自分は今覚悟して起ち上がった。見よ! 自分の身体が燃え尽くすまで、蝋燭のようにみずからを焼きつつ人類の行くべき道を照射する。」(『生長の家』誌 創刊号、「『生長の家』出現の精神とその事業」より)

 こうして生長の火が次々と点ぜられ、人類光明化運動が大きく展開され、総本山が落慶し、現在の私たちがあるのです。ですから「関東大震災」はある意味では生長の家を出現させて人類の運命を変えていく一つの転機だったと言えます。では今回の「東日本大震災」はどうか。今、日本が世界が愛の心で変わってきています。私も「光明化運動」への取り組みが変わらなければならない。もっと愛の心を起こさなければならない。被災された方たちを見て、これまでの光明化運動でいいのか、私たちも「今起て!」の精神を生きる時ではないか、当時は先生は何も無いところから始められた、そこに思いを致し「菩薩行」に励む時ではないか、ということを考えてしまうのです。

 先月号で紹介しましたが、総裁・谷口雅宣先生は今回の震災を「観世音菩薩の教え」とご教示下さいました。震災に遭われた方達は「自然と一体の自己を回復せよ」ということを身を賭して私たちに教えようとされたのであると。ですから、このご教示を「立教の精神」に立ち返って光明化運動を行うことが今の私たちの姿勢ではないかと感じた次第です。

 今年度から始まった「ボトムアップ」方式の運動。これは会員の皆様が主人公となる運動です。受動から能動へと変わるのです。如何にしたら地域を光明化出来るか、その為に誌友会や行事にどれだけの人をお誘いしたら良いか、ということを自ら考えて行動に移す運動です。両先生から示された「観世音菩薩の教え」「立教の精神」を心に銘記し「自然と共に伸びる運動」を地域に展開して参りましょう。
  • 2011年5月19日(木) 22:14 JST
  • 投稿者:
    master

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