谷口雅宣先生の大愛に応える(4月)

東京第二教化部長 各務 洋行

 去る3月1日、立教80年の記念すべき日、谷口雅宣先生は、生長の家総裁にご襲任されました。前日までの雨はすっかりあがって暖かな快晴となり、まるで八百万の神々が祝福しているようでした。
 法燈継承祭(ほうとうけいしょうのみまつり)の圧巻は、「法燈継承の儀」。先ず、先生が顕斎殿を出られて龍宮住吉本宮へ入られる。そして住吉大神の御前で宇宙浄化の祈り、そして神想観をされるのです。その間、顕斎殿にいる私たちは聖経読誦をする。聖経の終了後、先生は本宮から出られて顕斎殿に戻って来られた。その時は先生はもう「総裁」なんです。同時に純子先生も「白鳩会総裁」になられた。こんな荘厳な瞬間に同座させて頂けて「何と有り難いことか」と心が熱くなってくるのを覚えました。そして次に思ったことは、先生が自ら住吉大神の御前に進まれて「総裁」になられた、その時の先生の「御決意」はいかばかりか、と言うことです。先生が並々ならぬ御決意で光明化運動の先頭に立たれている。私たちも先生の「御決意、思い、願い」にとことん生きていく、立教の精神にある「自分の身体が燃え尽くすまで、蝋燭のようにみずからを焼きつつ人類の行くべき道を照射する」そう決意しなくてはいけないと強く感じた次第です。

 また、谷口雅宣先生は「愛そのもの」でもあります。決して忘れることの出来ない先生の姿があります。それは私がまだ愛知教区青年会時代の講習会でのことです。当時書いた文章を紹介します。

 “平成6年度の講習会終了後の事。特別幹部会が終わり会場出口で信徒みんなが雅宣先生の見送りに集まってた。講習会のご講話、幹部会のご指導と疲れているにもかかわらず信徒みんなの握手に丁寧に応対されていた。そして先生が車に乗られるので私は道路まで行って車の誘導をした。先生の車が近づいてきたので雅宣先生に合掌した。雅宣先生も合掌してくれた。そこには自分一人しかいなっかたので自分だけにと言うことでことさらうれしかった。車が向きを変えて通りに出て行こうとする時も先生は自分を合掌しておられた。自分もまた改めて合掌し直した。車が出て行ったので合掌を止めて先生を見送ろうとして、過ぎ去って行く車を見た。そうしたらなんと先生が身をそっくり返してまだ自分の事を拝んでおられる。私は驚いて深々と合掌した。もう良いと思って顔を上げたら先生はまだ合掌しておられる。結局、先生は何百メートル先の曲がり角の所まで自分を合掌し続けてくれていた。しかも半身の体制で。私は、もう感激というか、驚きというか、言葉には表せない感動を覚えた。先生にとっては、自分は一信徒に過ぎない。その一信徒をこうまでも祈られるのか。講習会が終わってこれから帰られる一安心出来る時に、一信徒をこんなにも思われるのか。……ああ、そうか、講習会で講話中もきっと参加者一人一人をこうやって拝まれていたのだ、いや、その前に常にいつも信徒のこと、全ての人、全てを祈られているのだ。いつも、いつも拝んでおられるのだ。私は、遠い存在に思われた先生を身近に感じ改めて光明化運動の決意をした。”

 谷口雅宣先生が継承されたのは、谷口雅春先生、谷口清超先生の「大愛」だったのです。私たちは先生にいつも礼拝されている。私たちを大いなる「愛」で包んでおられるのです。私たちも、先生のその愛情に応えて、全ての人を、事を、物を礼拝していきましょう。先生に中心帰一して、光明化運動を大展開して参りましょう。
生長の家東京第二教化部: 谷口雅宣先生の大愛に応える(4月)
http://www.sni-tokyo2.jp/article.php/20090311071955885