東京第二教区教化部長 各務 洋行
東京第二教区に赴任して改めて見回すと色々な発見がありました。駅から教化部まで近いこと、教化部の目の前にバス停があること、教化部から富士山が大きく見えること、神棚の榊がいつも立派であること、信徒の皆様が明るくて品があること等、数え上げればきりがありません。
これまで教化部には来たことがあるのですが、そこまでは気がつきませんでした。意識して見ればいくらでも出てくるものですね。またこんな発見?もありました。相愛会の星田連合会長と話をしていましたら「目がきれい」だということです。早速それを日時計日記に「星田連合会長は目が澄んでいてとてもきれいで す」と記入しました。星田連合会長とは本部相愛会時代から面識があったのですが、そのことについては今まで気がつきませんでした(申し訳ございません)。 そしてそれを翌日の朝礼で発表したら、職員の山上さんが本人に知らせた。そうしたら星田連合会長がとても喜んでくれたというのです。私も山上さんからそれ を聞いて嬉しくなりました。ほんの些細なことですが、光明面を見ることで喜びが喜びを生んでいき、何か一体感を感じたものです。この「日時計主義」につい て副総裁・谷口雅宣先生は次のようにお示し下さっています。
『昭和初期の暗い時代に、運動の出発点で先生がそれを強調されたということは、これが生長の家発祥の精神の一つであり、運動の〝背骨〟になっているということです。』『日時計主義とは何か?』121頁
これが私たちの光明化運動の背骨、バックボーンであると言うわけです。さらに総裁・谷口清超先生は、人の光明面を見る「ほめ言葉」について次のようにご指導下さっています。
『家族でもお互いに何でもない一言を交わすだけで、どんなに親しみをますかしれないのである。この「一言」を忘れるから、組織がバラバラになって伸びな くなる。信仰の組織は「神の言」によって成り立つのである。しからばその組織を益々発展させるものは何か?「愛の言葉」以外の何ものでもない筈である。そ れ故、お互いに、幹部同志称め合おうではないか。お互いに称めるばかりではまだ不足している。その場にいない誌友の何人かを称讃しよう。その愛の言葉は、 必ず相手にとどけられ、組織の強い結合のエネルギーとなる。愛のみが結ぶ力である。愛の言葉以外に結びのエネルギーは断じてあり得ないのである。』「『聖使命』紙 S42・5・11」
ほめるのは家族や誌友さんだけではない、幹部同士やその場にいない人もほめようとご指導下さっています。星田連合会長に喜んで貰えたのは、本人のいない ところで讃嘆を発表したからでしょうか。皆さん、お互いどんどん讃嘆して参りましょう。組織を益々発展さす「愛の言葉」を雨降らせましょう。それが光明化 運動のバックボーンになるのですから。